我が国における地域包括ケアの歩みと、
地域共生社会の行方
~山口昇先生の足跡をたどりながら~

2023年2月実施

我が国における地域包括ケアの歩みと、 地域共生社会の行方 ~山口昇先生の足跡をたどりながら~

急速に少子高齢化が進むなか、2000(平成12)年の制度施行から20年以上が経過した介護保険制度は、その役割がますます重要になっています。制度の核心となる「地域包括ケア」という概念は、介護だけでなく医療や福祉等も包含した地域の社会保障全体を支える基本的な考え方として、介護保険制度の普及と共に広く知られ共有されるようになりました。そうしたなか2022年、「地域包括ケア」の命名者として知られる医師の山口昇先生が逝去され、この春で一年となります。
そこで今回は、日本の福祉政策・介護保険論・地域ケア研究の第一人者であり、生前の山口先生と親交の深かった髙橋紘士氏に、山口先生と地域包括ケアの来歴から、これからの地域共生社会の行方についてお話を伺いました。

Ⅰ 地域包括ケアの始まり

御調国保病院における山口昇先生の取り組み

今からちょうど1年前の2022年3月、山口昇先生は享年90歳で逝去されました。山口先生は「地域包括ケア」の命名者として知られています。
先生は、1966(昭和41)年に出身の長崎大学から派遣され広島県御調町(現在の尾道市)にある御調国保病院(現公立総合みつぎ病院)に着任しました。当時、脳出血や脳梗塞の患者さんはまだ致死率も高く、生存しても後遺症が残る難しい病気でした。一方で、手術で救命できるようになった時代でもあり、救命後にリハビリテーションを行えば、元の生活に復帰することも夢ではなくなりました。
まさに、山口先生は外科医として、多くの患者さんの救命に成功されていました。ところが、これらの患者さんの多くが退院後にいわゆる「寝たきり」となり、また当時の言い方でいう「痴呆症状」を伴い再入院する例が多くみられ、なぜ患者さん達がこのような状態で病院に戻ってくるのか、自問自答せざるを得なかったそうです。そこで先生は、退院患者の生活の様子について調査を行い、次のような考察をされました。
1960年代から1970年代は高度経済成長期で、山村のこの町にもその影響が及んだ時代でした。同居していた子ども達の兼業化と共稼ぎが進み、子や嫁による世話の手が及ばなくなっていたのです。また、病後を慮り近隣からの訪問も途絶え、それまで普通であった知り合いとの交流がなくなり人間関係が断たれ、いわゆる日中独居が普通のことになっていたようです。
これらの生活の変化が「寝たきり」と「痴呆」を誘発していることは、明らかでしょう。

この時代の高齢者の病院依存

1973(昭和48)年に老人医療費が無料化され、高齢者の入院が容易になりました。その結果、多くの地域で老人病院が普及し、いわゆる「社会的入院」が問題となりました。印南一路氏の『「社会的入院」の研究』(東洋経済新報社)によれば、社会的入院とは、当初精神科病院の医療扶助による長期入院のことを指していましたが、老人医療費無料化と老人病院の普及によって高齢者の長期入院を指すようになったといわれています。この背景にあるのは社会福祉の施設や在宅福祉の利用が低所得者に限定されていたこともその要因であることを忘れてはなりません。
この時代以降、我が国では病院依存が進行していきます。当時、病院死と在宅死がおよそ半々でしたが、その後ますます病院死の割合が増え、現在では7割5分程度が病院で亡くなっています(図1)。最近ではこの割合も低下傾向のようですが、それは施設も在宅とみなすようになったこともあるかもしれません。国際比較をすると、欧米では3割程度が自宅、3~4割程度が施設、残りが病院ということになっています。その施設もほとんどが個室ですから、相部屋がほぼ半数も残っている日本とは生活環境が全く異なり、QOL(生活の質)にも大きな違いがあります。

寝たきりゼロ作戦

山口先生は老人医療費無料化の翌年、1974(昭和49)年から医療と福祉と町民参画による地域づくりを一体化した実践を始められました。1992年に出版した書籍では、これを国の呼称にしたがって『寝たきり老人ゼロ作戦』(家の光社刊)として出版、その後2004(平成16)年に最新データ等を増補して『実録寝たきり老人ゼロ作戦』(ぎょうせい)*1として再刊されています。

山口先生は「出前医療」と称し、今日の在宅医療と在宅介護の組み合わせによる在宅患者の支援を始めました。当初は制度にはない独自事業として無料で実施したため、「無料でサービスを使うのは、貧しい家だということになってしまうから嫌だ」とかえって訪問先の家庭からが拒否されることも少なくなかったそうです。その後、町役場にあった保健福祉部門を病院に移し、保健・医療・福祉を一体的に提供できるようサービス提供体制を整えました。
更に町民の啓発のため、山口先生自らが講師となっての講演会やワークショップを開催しました。住民相互の話し合いを中心に、それぞれの経験を交流する工夫を行い、介護のやり方や生活改善、意識啓発等も試みていきました。

これらの活動の相乗効果として、在宅高齢者の寝たきりの割合は1980(昭和55)年の3.8%から1985(昭和60)年以降、1%台と約3分の1に減少し、今日に至るまで、高齢者の絶対数増加にもかかわらず、この割合が維持されています(図2)

*1「実録 寝たきり老人ゼロ作戦」
地域包括ケアシステムの構築をめざして~公立みつぎ総合病院45年の軌跡~
(株式会社ぎょうせい 2012(平成24)年)

地域包括ケアの創始と体系化

後年、山口先生は御調町での実践を、「地域包括医療(ケア)」と自ら命名されました。すなわち、「地域包括医療(ケア)」は、「地域に包括医療を、社会的要因を配慮しつつ継続して実践し、住民が住み慣れた場所で安心して生活できるようにそのQOLの向上をめざすもの」であり、治療(キュア)のみならず保健サービス(健康づくり)、在宅ケア、リハビリテーション、福祉・介護サービスのすべてを包含するものです。施設ケアと在宅ケアの連携および住民参加のもとに、地域ぐるみの生活・ノーマライゼーションを視野に入れた全人的医療・ケアであり、地域とは「単なるAREAではなくCOMMUNITYを指す」と定義しました。
ここで見落としてはならないのは、御調町での実践が具体的な成果をあげて推進できたのは、包括ケアを実現する条件となる医療が、公的機能を持った国民健康保険医療機関に一元化されていたことです。
また、予防と健康づくりを担う保健衛生行政と当時措置制度によって行政が提供してきた福祉を、町役場からみつぎ病院に集約したことも重要です。更に山口先生が、みつぎ病院に骨を埋める決意を固め、最後まで病院に関わり続け、その見識を発揮されたこともとりわけ重要なことです。先生によると、「助けた気になっていたのは自分だけ。「病気」をみて「人」を見ていなかったからだ」(一般社団法人 日本在宅ケアライアンス『在宅医療のあゆみ』(2018)より)と。これが、御調町に残る決意となったのです。山口先生のリーダーシップなしに、いわゆる『みつぎ方式』が形になることはなかったでしょう。
山口先生の尽力により、みつぎ病院は当初25床であった病床が2007(平成19)年には一般病床194床(うち亜急性期病棟10床、緩和ケア病棟6床)、療養病床48床(回復期リハビリテーション病床30床、医療保険適用病棟18床)になるまで増床を重ね、診療科も16となり、周辺地域の基幹病院としての機能を果たすようになりました。更に特別養護老人ホームやリハビリテーションセンターを県から町内に誘致し、その運営を受託するとともに、老人保健施設も開所。まさに医療機関と福祉・保健施設が、地域での在宅ケアの車の両輪として機能する包括ケアがシステムとして確立されていったのです。
この間、山口先生は当時の厚生省等の各種の審議会、検討会のメンバーとして活躍され、とりわけ介護保険の構想を準備する役割を果たした「高齢者介護・自立支援システム検討会」の座長代理として、国の介護保険制度創設にも大きな役割を果たしました。

住民参画重視の意味

山口先生が、自身の実践を顧みて強調されていたのは、住民への啓蒙とその結果として実現する住民参画でした。地域包括ケアの定義の最後にある「AREAではなくCOMMUNITY」という趣旨は、地域包括ケアを単なるサービス提供の範囲としてではなく、地域住民が作り出す、共同、協同、そして協働の場として考えられていたのだと思います。
私は、山口先生と『市民参加と高齢者ケア』(1993(平成5)年 第一法規出版)という書物を編纂したことがあります。その過程で山口先生が、市民参加・市民参画を非常に強調されていたことを間近で実感しました。また、先生との晩年の対談『御調国保病院の挑戦 地域包括ケアの創始』(髙橋紘士編「地域包括ケアを現場で語る」木星舎刊所収)で、近年の御調町の住民参画の様子が語られているのですが、長年にわたって地域づくりに関わってきた先生の想いがこの対談で述べられています(画像1)。

Ⅱ 国の政策としての 「地域包括ケアシステムの構築」 ~介護保険改革との関わり~

「高齢者介護研究会」での検討

山口先生が創始した「地域包括ケア」を、国の政策として位置づけ全国に普及を図ったのは、2003(平成15)年に検討が始まった「高齢者介護研究会」でした。これは、介護保険制度施行後、初めての大きな制度見直しのために厚生労働省老健局が設けたものです。2000年に施行された介護保険制度は法第1条にあるように「保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う」とし
て、福祉サービスについても所得の多寡にとらわれずに利用できるようにしたのですが、この時、初めての大きな改正を予定していたので、その内容を検討することが高齢者介護研究会の使命でした。

実は1989年に消費税導入の使途を明らかにするために策定された「高齢者保健福祉推進十か年戦略(通称ゴールドプラン)」が在宅福祉の緊急整備、寝たきり老人ゼロ作戦の展開、施設の緊急整備計画策定等、福祉の拡大を図り、保健医療との均衡を目指したものとして、介護保険導入をサービス供給面から準備したといえます。高齢者介護研究会ではその成果を、この段階で改めて検討し、更なるサービス基盤の整備のあり方について検討することが目標とされたのです。

高齢者介護研究会による検討の成果は「2015年の高齢者介護」という報告書に纏められ、現在でも厚生労働省のホームページで読むことができます。
https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/kentou/15kourei/index.html(2023年2月現在)


ここで注目していただきたいのは、報告書の副題に「高齢者の尊厳を支えるケア」という表現が入ったことです。しかも従来の寝たきり老人対応に加えて、認知症への対応を介護保険サービスの役割と位置づけ、身近な地域で利用できる地域密着型サービスを創設しました。これにより小規模多機能型居宅介護や認知症グループホーム、小規模特養等が介護保険のサービスに位置づけられ、日常生活圏で利用できるようになりました。更に、相談支援とサービスの調整機能、また介護に至る前の予防機能等を担う「地域包括支援センター」の設置を提案し、制度改革で実現しています。
こうした改革の全体像を表す政策概念として、山口先生のお許しを得て「地域包括ケアシステム」の構築という目標が提示されました。

高齢者介護研究会では「地域包括ケアシステム」を「個々の高齢者の状況やその変化に応じて、介護サービスを中核に、医療サービスをはじめとする様々な支援が継続的かつ包括的に提供される仕組み」と定義し、「ケアの継続性の確保」や「ケアの包括性の確保」(介護保険とそれ以外の様々な社会支援サービスに連携)等が重要な構成要素だとしています。

地域包括ケア研究会による概念の展開

その後、厚労省老健局は二度にわたって「地域包括ケア研究会」を組織し、その概念を彫琢していきました。
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/05/dl/h0522-1.pdf (2023年2月現在)
https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2022/11/h28_01.pdf (2023年2月現在)
その結果、2011(平成23)年の介護保険法改正に際して法第五条三項に「地域包括ケア」の規定が盛り込まれました。すなわち、

「国及び地方公共団体は、被保険者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、保険給付に係る保健医療サービス及び福祉サービスに関する施策、要介護状態等となることの予防又は要介護状態等の軽減若しくは悪化の防止のための施策並びに地域における自立した日常生活の支援のための施策を、医療及び居住に関する施策との有機的な連携を図りつつ包括的に推進するよう努めなければならない」

という条文です。
この条文が意味するのは、介護保険制度における保健医療サービス、福祉サービス等に関する施策に加えて、広範囲の施策、医療と居住を含めた包括的な連携を図るとしていることです。

なお、「地域包括ケアシステム」という概念は、2013(平成25)年に「社会保障制度改革国民会議報告書」におけるサービス改革の鍵になる概念として位置づけられ、2022年末(令和4年)に公表された「全世代型社会保障構築会議」の報告でも、地域包括ケアシステムを更に推進するとして、高齢者から障害者、子育て支援、生活困窮者支援に至るまでを含めた、地域包括ケアの「包括化」ともいうべき概念に発展しています。

「地域共生社会」という概念の登場

地域包括ケアの深化あるいは進化として、「地域共生社会」という概念が登場しています。2016(平成28)年4月に開催された経済財政諮問会議において、時の厚生労働大臣が少子化対策の議論のなかで、「子ども・高齢者・障害者などすべての人々が、暮らしと生きがいを共に創り、高め合う『地域共生社会の実現』」という考え方を示しました。

これは、地域包括ケアシステムがサービスを中心に組み立てられていたのに対し、その基盤である地域づくりを地域住民が「我が事」として主体的に取り組んでいく仕組みを作っていくとともに、市町村においては地域づくりの取組みの支援と、公的な福祉サービスへのつなぎを含めた「丸ごと」の総合相談支援の体制整備を進めていくという構想になります。

その後、2020(令和2)年に介護保険法第5条第四項に、地域共生社会の推進に関する条項が追加されました。同時に社会福祉法を軸に福祉関係法のなかに地域共生社会に関する法文化が行われ、更に分野横断的な視点から「包括的総合支援体制」の考え方が盛り込まれるに至り、「全世代型社会保障構築会議」の報告書でも、大きな項目として「地域共生社会の実現」と題されて扱われています。
その趣旨は、「支える側・支えられる側という従来の関係を超えて、人と人、人と社会がつながり、一人ひとりが生きがいや役割を持ち、助け合いながら暮らせる包摂的な社会の実現が必要である」、「属性別の体制整備」によっては複合的な課題や狭間のニーズへの対応が困難なため、「重層的体制整備事業に取り組むべきである」と述べています。その上で、住まいの確保を社会保障の重要な課題として位置づけていることも注目に値するでしょう。
地域共生社会に関わるこれらの展開を、地域包括ケアシステムの深化とともに、今後も注目していきたいと思います。

精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築にかかる 検討会の報告

2021(令和3)年3月、厚労省所管の「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築にかかる検討会」による報告が公表されました*2。これは、長期入院が問題となっている精神障害領域でも、地域包括ケアシステムを構築しようという方向づけの報告書です。

「にも包括」という略語が使われているのが象徴的ですが、「精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう、重層的な連携による支援体制の構築」を図るために、日常生活圏域を基本として市町村等の基礎自治体を基盤として進めること、精神保健福祉センターおよび保健所は市町村との協働により精神障害を有する方等のニーズや地域の課題を把握した上で、障害保健福祉圏域等の単位で精神保健・医療・福祉に関する重層的な連携による支援体制の構築を目的としているものです。

この領域は元々病院医療への依存が長い間続いてきたので、その成り行きに注目するとともに、具体的な自治体でどのような動きが起こっているのか、注目しておく必要があります。

*2 出典:「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築について」
   https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/chiikihoukatsu.html(2023年2月現在)

Ⅲ 地域包括ケアの構成要素とシステム

地域包括ケアのシステム

先にあげた「地域包括ケア研究会」では、植木鉢の図によって地域包括ケアの考え方を説明しています。そこでこの図によりながら、地域包括ケアシステムの構成要素について述べておきしょう(図3)。

地域包括ケアの構成要素は、地域を基盤とした医療から生活支援に至る制度に基盤を置いた諸サービスと、地域における日常生活および要介護状態を予防するためのインフォーマル(非制度的)な支援です。
これらが地域単位で確保される仕組みができると、地域包括ケアは一個のシステムとなります。

システムの構築は、介護保険の保険者としての市町村の役割であるとともに、地域のサービス資源、地域住民との協同・協働によって成立するものです。サービス事業者の連携と地域住民との協同を、ケアの当事者を中心につくりあげていくことが重要です。このため介護保険法の一条には「尊厳の保持」と「自立した日常生活を営むこと」という条文が存在し、障害者総合支援法にも同様に「基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい、日常生活および社会生活を営む」ということが、法の目的として謳われています。

植木鉢の図の3枚の葉は、包括ケアを構成する制度に依拠したサービス等であり、「医療と看護」、「介護とリハビリテーション」、「保健と福祉」です。そしてこれらの土壌となっているのが、「介護予防と生活支援」というインフォーマルな活動から構成されるもので、これらを枠付けている鉢で表されているのが、「住まいと住まい方」、言い換えれば「居住」です。その上で、これらを形作る重要な要因となっているのは「本人の選択と本人・家族の心構え」です。地域包括ケアシステムの基盤にあるのは様々な制度的、非制度的支援を活用する主体となる、本人の選択です。これなしには、先に述べた『尊厳の確保』は不可能になります。

住まいと住まい方の意味

この図では枠組みとなる鉢に、「住まいと住まい方」という名前がつけられているのは示唆的です。住まいとは、そこで暮らす「場」という意味ですが、現実には支援が必要な人々は多様な「場」で暮らしていることを意味します。地域包括ケアでは「時々入院、普段は在宅」という考え方が提唱されていますが、問題は在宅での住まい方ということになるでしょう。

介護施設、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅、一般住宅等、住まいの多様な条件のなかで、地域包括ケアシステムは「エイジングインプレイス」あるいは「ケアインプレイス」を実現する条件を可能にし、地域での居住継続を図ることも、包括ケアを実現するうえでの基礎的な用件であるといえます。

最近の「全世代型社会保障構築会議」では社会保障と住宅の関係に言及しつつ、とりわけ単身高齢者等の「住まいマネジメント」の重要性についても述べています。これに加えて「住まいと住まい方」について、居住支援と居住保障をどのように包括化しケアと結びつけるかという課題も、医療機関と福祉施設への過度な依存を克服するものとして重要なテーマであるといえるでしょう。

介護予防と生活支援、地域づくりの意義 自助の力と互助の力

次に、鉢植えの土壌に位置づけられている「介護予防と生活支援」について考えてみましょう。介護保険では2015(平成27)年度から『介護予防・日常生活支援総合事業』が導入されました。これは個別給付ではなく、多様なインフォーマルサポートを介護保険事業の給付費の一定割合を充当できる地域支援事業として実施するものですから、個別給付という考え方ではないことに注意してください。自助と互助の地域の力を引き出し、要介護、要支援に陥る前段階で、フレイルに陥らないための諸活動、更に多様な担い手による支援を住民等参画によって実現しようとするものです。

地域づくりとそこに住んでいる人々の参画による支援づくりは、まさに、山口先生が述べ「Area(エリア)」ではない「Community(コミュニティ)」形成のための仕組みづくりということになります。したがってこの場面では、地域の多様性に対応した取組みが求められ、保険者、地域の諸団体、地域住民の協働の仕組み作りが求められます。

他方で生活支援には、支援を必要とする個人および家族が必要に応じて対価を支払い、見守りサービス、食事サービス、生活支援サービス等を利用することもあり得ます。生活困窮者への食事提供、子ども食堂等も地域での支援として、地域づくりと密接な関連があることはいうまでもありません。その意味では地域が関わる孤立・孤独の防止としての役割が大きいことにも注意を払っておきましょう。

医療と看護

図3では地域の土壌のうえに三枚の葉があります。これらは単独に考えるのではなく、包括ケアの構成要素として理解するのが良いかと思いますが、それぞれの専門性と制度によって形作られてきたので、個々に簡単に紹介します。

まず三つの葉の筆頭にあるのが「医療・看護」です。医療が地域医療として「地域完結型」医療を目指すために、「居宅」を医療提供の場として法定化し、在宅療養支援診療所や在宅療養支援病院が創設されたことは、地域包括ケアにおける医療の役割を下支えするものといえます。更に「かかりつけ医」の概念が提唱され、大きな議論を呼んでいます。

地域包括ケアを支える医療のあり方が追求されることになりますが、口腔ケアを担う歯科診療、かかりつけ薬剤師等、メディカルスタッフが包括ケアの担い手として重要な役割を果たしていることも忘れてはなりません。とりわけLong Term Care(長期療養)においては、保健師助産師看護師法にいう「療養上の世話」が固有の役割を持っています。看護が「診療の補助」と独立した役割として「療養上の世話」を担っていることが重要となります。訪問看護ステーションや看護小規模多機能型居宅介護等のサービスおよびサービス拠点が重要な役割を果たし、ターミナルケアにおける看護師が果たす役割の重要性はいわずもがなでしょう。

介護とリハビリテーション

Long Term Careが必要になった際、リハビリテーションそして介護サービスが要となります。急性期病院や回復期病院でのリハビリテーションは住まいへの復帰に重要な役割を担うとともに、生活場面でのリハビリテーションが自立の回復に大きな役割を果たします。したがって、様々な場面でのリハビリテーション専門職の役割が重要です。

更に介護サービスは、リハビリと手を携えて包括ケアの中心となる構成要素であり、多様な介護サービスが必要に応じて有効活用されるためのコーディネート機能も重要です。介護保険事業計画は、保険者ごとにサービス基盤の整備が計画行政として展開されることもあり、保険者機能のあり方も要になります。

保健と福祉

保健活動には疾病予防や健康指導相談等の様々な業務が含まれ、保健師という専門職が担うこととされています。また介護支援専門員(ケアマネジャー)は、保健師あるいは看護師が、社会福祉士等と並んで配置されているのはご承知の通りですが、相談支援が大きな任務となります。
福祉の専門職は社会福祉士であり、介護を担う介護福祉士は介護の主役ですが、社会福祉士が福祉の専門職の中心になるでしょう。また精神保健の領域では、精神保健福祉士が福祉職として重要です。

なお、先ほどふれた「全世代型社会保障構築会議」の報告書では、ソーシャルワーカーの重要性を指摘しています。包括的支援体制の整備の核はソーシャルワーカーの存在であり、必要なサービスや適切な支援に繋げる「相談支援」の役割が、かつてないほど重要であると指摘がされているのです。

それとともに、当事者の利益を保護する権利擁護の機能も契約制度によるサービス利用の前提であり、サービス選択と利用にあたって、情報提供、サービスの質の維持、虐待等の不利益な事態への対処と代弁等はソーシャルワークの基幹機能です。このような機能があって適切な制度運用が可能となるため、市民の「地域生活課題」の解決を支援する上で、重要な機能であるといえるでしょう

包括ケアをシステムにするものは?

最後に包括ケアが地域を基盤としたシステムであるための条件について述べておきます。第一に市町村などの自治体の役割は当然のことです。介護保険制度の保険者として制度運用に責任を持ち、地域包括支援センターの運営も保険者機能として求められています。また保健所や保健センター等が相談支援の役割を果たし、その他の相談支援を民間委託も含めて自治体が責任を持っていることはいうまでもありません。
近年、医療連携や地域共生社会を推進するうえで、地域医療連携推進法人や社会福祉連携推進法人が創設されました。ここでは医療法人や社会福祉法人だけでなく、地域で活動している営利・非営利の事業体、自治体等の参画も可能になっています。
このような連携・協働型の事業主体の形成と山口先生が実践した住民参画なしには、地域包括ケアがシステムとして成立することは不可能であるといえるでしょう。

制作:メディバンクス株式会社

ETD2623C09

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