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新型コロナ後の地域医療とは
──香取氏を交えて座談会
2025年4月18日 座談会実施

蘆野:ここからは香取先生を中心に、新型コロナパンデミックが浮き彫りにした、今後の医療のあるべき姿を語り合います。
新型コロナ後のインフルエンザ流行
香取:私が代表理事を務める未来研究所臥龍は、2023 年秋に全国の郡市区医師会を対象にアンケート(* 1)を実施しました。令和5(2023)年度老人保健健康増進等事業(老健事業)「かかりつけ医と多職種連携に関する調査研究事業(* 2)」の一環です。

その結果、Part1 でご紹介があったような、新型コロナ前から病院や介護施設や行政と連携体制を作っていた医師会は、新型コロナ禍でも比較的スムーズに連携できていたことがわかりました。ところが、連携がなかった地域はコロナの波を被ってから作り始めたので、ものすごく初動が遅れました。
新型コロナパンデミックでは、いろんな意味で多くの医師・医療機関が極めて厳しい現実に向き合わなければなりませんでした。先進的な地域以外では、これから地域医療、地域連携の形をどうやって作っていくかを真剣に考えておかないと、次にパンデミックが起こったらまた同じ状況になるでしょう。
蘆野:次のパンデミックといえば、2024 ~ 25 年の冬、インフルエンザが流行しましたね。
香取:ほとんど報道されませんでしたけど、やはり病床が逼迫してミニパンデミックのようでした。
鈴木:その年末年始、私の病院にも過去最多のインフルエンザ患者が来ました。だけど患者はちゃんと順番を待ってくれたし、医師も看護師も入院を含めて献身的に対応してくれました。新型コロナの経験があったからだと思います。水戸市でも大晦日、休日夜間診療所に500 人以上来たそうです。当番医だけでは足りず、連絡できる医師に声をかけたらみんな来てくれた。これも新型コロナ効果だと思います。
香取:新型コロナで発熱患者の診察を拒否する医療機関があったことを、医師たちは、やっぱりまずいと思っていたんでしょうね。患者との信頼関係という意味で。
日本には民間病院が多く、行政が強制的に病床をコントロールできないという弱点がパンデミックで露呈したとよく指摘されます。その反省もふまえて感染症法が改正され(一部を除き2024 年施行)、平時における都道府県と医療機関の協定締結などが定められました。とはいえ、協定だけ結べば備えられるわけではなく、病床が確保できれば対応できるというものでもありません。平時の連携体制がとても大事です。
新たな地域医療構想が目指すもの
蘆野:平時に問われるのは、我々が日ごろ追求している超高齢・人口減少社会の地域医療をどう構築するか、ではないでしょうか。疾病構造や医療ニーズは変貌し、介護との連携も不可欠です。
平時の医療提供体制はどうあるべきか。2040 年に向けた「新たな地域医療構想」(以下、「新たな構想」)策定の準備が進んでいて、24 年12 月、検討会による「とりまとめ」が公表されました。
香取:現行の地域医療構想は、2025 年に向けてまず病院病床機能を分化し、急性期病院が多すぎるから減らしましょう、という取り組みでした。「新たな構想」は病床ではなく、医療機関の機能をきちんと位置付け、地域完結型の医療・介護提供体制を構築するもので、外来・在宅や介護連携も対象に入れた地域全体の構想になります。
1970 年代に広島県の御調国民健康保険病院(現・公立みつぎ総合病院)で「医療の出前」が始まり、佐久総合病院や在宅ケアネットワークに集う医師たちの先駆的実践があり、在宅で患者を支える実践が脈々と続き、介護保険、そして地域包括ケアシステムの中で確固たるものになっていきました。それでも医療と介護には距離があったんですが、新型コロナパンデミックによって、医療と介護の連携が大事なんだ、ということが改めて認識されました。
「とりまとめ」では、複数疾患を抱え、医療と介護の両方を必要とする人を地域で支えるには、両者の連携が必要なのはいうまでもない。かかりつけ医機能の強化と後方支援の病院も必要だ。後方支援の病院とは、地域で開業医と一緒に患者と並走する機能を持った病院だ。――といったことが明確に述べられています。
鈴木:後方支援の病院とは、つまり地域密着型中小病院(200 床未満)でしょう。地域密着型中小病院は入院・外来・在宅の機能を持ち、地域包括ケアシステムの一翼を担います。同時に、急性期の大病院・地域の診療所・介護事業所・行政と連携し、まちづくりにも参画するという多彩な役割があります。
中小病院の今後の方向性としてはもう1つ、脳外科や心臓血管外科などに特化した単科専門病院も考えられます。
香取:中小病院は経営戦略として、どちらを選択するのかを考えないといけない時代がすぐやって来るでしょうね。
かかりつけ医機能を社会実装する
蘆野:新型コロナパンデミックでは、かかりつけ医も注目されました。かかりつけ医機能は「新たな構想」の「基本的な方向性」でも重要な位置づけです。
香取:新型コロナ流行が最盛期にさしかかる2020 年9 月、発熱などがあれば「まず身近な医療機関に相談してから地域の診療・検査医療機関を受診」となりました。
「身近な医療機関」とはかかりつけ医のことを指したんですが、そう言われても、自分のかかりつけ医が誰なのか、よくわからない人が続出したわけです。日本はフリーアクセスで、患者は原則として自由に医療機関を受診できるから。医療機関も、フリーアクセスを前提に自由に開業できます。
長年、それで回っていたのが、新型コロナパンデミックによってこのやり方の問題点を突き付けられました。かかりつけ医をきちんと制度化し、かかりつけ医機能を社会実装して、かかりつけ医を中心に地域の多機能病院が連携して患者を支えるという体制を作ることが必要です。
蘆野:かかりつけ医機能についても議論が進み、2025 年4 月から「かかりつけ医機能報告制度」が始まっています。
鈴木:実際の第1回報告は26 年1 ~ 3 月です。今後は新型コロナの経験も踏まえて、「地域包括ケアシステムの構築」「地域医療構想の実現」「かかりつけ医機能の充実・強化」の三位一体で取り組む必要があります。
香取:かかりつけ医機能は①医師の診療能力やコミュニケーション能力、②地域を面で支える医療機関の連携、③情報連携基盤の構築、の3 つの要素から成ると思います。①は医師個人の問題で、総合診療能力がありフロントラインで地域住民を支え、かつ、病気になる前からもいろんな関わり、コミットメントをしてくれる。②は医師個人ではなく医療機関の機能の問題で、何かあったらバックアップできる連携体制が地域にちゃんとある。
小柳先生も重視しておられる③はインフラの問題です。平時にあっても人口減少は加速し、大都市圏以外では今後、患者が減っていきます。患者が減るということは医療機関も減り、放置すれば偏在が進む。診療エリアすなわち「面」は広がっていくのにリソースは制約されるから、タスクシフトやICT 化を徹底的に進める必要があります。②③をきちんと形にして、地域のリソースをつなぐ努力をしないといけません。
従来と同じようなスタイルの医療機関は、そのままでは診療所も中小病院も立ち行かなくなるでしょう。ただ椅子にどんと座って外来患者を診るだけでは、「点」でしか診ていないことになります。
蘆野:小柳先生の「5 つの行動」は、そのことを具体化したものなんですね。
問題意識が薄れてきた
香取:フリーアクセスの日本では、医療機関を選ぶのは患者です。患者の求めるものに応じられない医療機関には、患者は来ない。新型コロナパンデミックによってそういう危機感がそれなりに醸成されたので、「新たな構想」もかかりつけ医機能報告制度も、かなり踏み込んでいます。極端に言えば、それについて行けるか行けないか、という議論になっています。
地域を「面」として捉える、地域や自宅を「病床」として捉える、と言った考え方で医療を考えるのであれば、それをカバーできるような装備をしないと、医療サービスは提供できないでしょう。これでは地域医療が機能しません。いろんなことを変えていかなければ、という気づきが新型コロナパンデミックの過程でいくつもあったはずです。
小柳:自分で言うのもなんですが、私は町中華の店主のように、地域の皆様に愛されていると思っています。
香取:頑張っておられることの当然の結果ですね。小柳先生の診療所は110 年続いています。でも100 年前と今では、やってることは全然違いますよね。ICT 化を進め、ご自分の机を地域との窓口にして「面」を動かしている。そうすることで、ちゃんと満足のいく医療を提供し、経営的にも成り立ち、地域からも評価される。その姿を積極的に見せれば、若い医師も地方に根付いていくと思います。
新型コロナを経験して、何割かの自治体、何割かの医療機関、何割かの現場は確実に変わりました。行政も各種の制度改革などを提案しています。しかし医療の世界は現状維持バイアスが強いというか、パンデミックがおさまると、みんなで頑張って乗り切った、という成功体験だけが強まって問題意識が薄れてしまっているように思います。医療に限ったことではありませんが。
小柳:問題意識が薄れてきた感は、私ももっています。せっかく新型コロナが時計の針を進めてくれて、日本の医療全体が次世代型に一皮むけるチャンスであったのに、逆の方向に戻してしまうような空気を、なんとなく感じています。
さきほど、この冬のインフルエンザの話題が出ました。実は私の実感としては、このときは新型コロナパンデミックよりきつかったんです。インフルエンザ診療に積極的に手挙げした医療機関が新潟にはなくて…。すごく残念に思います。感染症診療の裾野が診療所には広がらなかった、と言わざるを得ません。そんな見方をしてしまうので、私は医師会内でときどき、異端のように見られるんですけど。
鈴木:それは異端と言わないで、改革派と言ってください。私も自分のことを穏健改革派と言ってますから。
小柳:ありがとうございます(笑い)。
中小病院や診療所が生き残るには
香取:専門職の世界ほど、現状維持バイアスが強いんですよ。専門職の世界って専門職の中で完結するので、外の目が入りにくく競争が働きにくい。アカデミズムも弁護士や公認会計士の世界もある意味似ていますね。基本徒弟制ですし(笑い)。そこにパンデミックのようなことが起こると、外からガツンと衝撃を受ける。そこでやっと医療技術にICT やいわゆるオープンイノベーションがどんどん入って、地殻変動のような変革が起こる。
医療の世界も、それこそデータ分析も管理業務も外注すればいいと考えれば、医師は診療に集中することができ、より効率的なビジネスモデルができてくるでしょう。そういうところが最後に勝つことになって、おそらく淘汰が起こります。しかし淘汰された結果、医療の供給リソースが減少してしまうのは困ります。医療ニーズはこれからも増えるので。中小病院も診療所も自己変革して、ちゃんと生き残ってほしいですね。
蘆野:個々の医療機関や事業所は縮小せざるを得なくても、地域全体で連携してお互いに生き残る手もあります。もう時計の針を戻してはいけませんよね。
香取:むしろ、お互いにアライアンス(同盟、提携)した方が生き残れるんですよ。地域医療に関心のある若い医師は大勢いるんです。そういう医師が実際に地域に入って、医師としてのキャリアを築いていけるか。開業したときに経営が成り立つか。その問いに彼らがうなずけるようにしていかなければなりません。
結局、現場の実践を積み上げていくことでしか、物事は変わっていかないんです。制度を整えたり基盤を作ったりして方向づけることも必要ですが、やっぱり現場が努力して形を作っていくことが一番重要と思います。今、その過渡期にあるんじゃないでしょうか。
蘆野:そうですよね。鉄は熱いうちに打つ。平時の備えがあってこそ有事に立ち向かえる。新型コロナが5 類になって2 年以上が経過した今が正念場という気がします。香取先生がおっしゃる「パンデミックで向き合った厳しい現実」を「喉元過ぎれば」としてはならず、それぞれの地域が真剣に2040 年に備えなければなりません。本日はありがとうございました。
* 1:http://www.garyu.or.jp/custom_contents/cms/linkfile/roukenR5garyu_2.pdf
* 2:http://www.garyu.or.jp/custom_contents/cms/linkfile/roukenR5garyu%20_1.pdf
■ 取材機関概要
●未来研究所臥龍
住 所:東京都港区南青山2-11-11 ユニマットハイダウェイビル4F
活動内容:2020(令和2)年設立。社会保障政策や関連する経済・労働・地域政策の調査・研究・人材育成などを通じて、社会保障研究の基盤強化や政策担当者と研究者・現場とのネットワーク構築を支援する。
http://www.garyu.or.jp/index.html
制作:一般社団法人地域共生社会研究会
統一コード:ETD2625G01